バルト3国世界遺産めぐり

野口 正二郎(当社)
 

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●写真説明
1)ヴィリニュス空港 2)ホテル前より、夜明の門を見る 
3)夜明の門の外側 4)夜明の門の中の礼拝所のイコン像
5月下旬から、6月にかけてのバルト3国は、新緑の美しい落ち着いた国々であった。
緯度は北欧と同様に高く、日照時間が長く、午後9時頃まで明るい。
フィンランド航空でヘルシンキ乗換、リトアニアのヴィリニュスからスタートした。
 
(リトアニア) 世界遺産: ヴィリニュス歴史地区
ツア−は、バルト海に面する3国の一番南の国に着いて、北上するコースになっている。
首都のヴィリニュス空港からホテルまでバスで15分、旧市街の南にある
ヨーロッパ・ロイヤル・ホテルに着いた。夜明けの門通りに面して、「夜明けの門」が近い。
古いヨーロッパスタイルのホテルで、ロビーは広くないが良いホテルである。
客室は2階の通り向きで、カーテン越しに通りを歩く人々が見える。洗面所の床は暖かい。
近くのスーパーマーケットに行って、ビール、お水、ナッツを買う。物価は、安いようだ。
3国とも通貨は順次ユーロになり便利になったが、物価は徐々に上がっているようである。





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●写真説明
5・6)聖アンナ教会 7)壁に貼られた作品 8)街並 9)琥珀
10)大聖堂と
鐘楼と王宮 11)お城より旧市街を望む 12・13)聖ペテロ・パウロ教会と内部の漆喰
2日目、ホテルにて朝食。レストランはやや狭いが、ブッフェのメニューは良い。
この日の観光に現地の女性ガイド・ジョランダさんが同行して英語で説明をされる。
K社・添乗員のTさんが、上手に訳し、またご自分の経験も入れてお話してくれる。
お客の我々は、イヤホン・レシーバーで聞くという段取りになっている。このシステムは
添乗員が大声を出さなくても良くスマートで、やや離れた場所でも聞こえてとても便利である。
 旧市街の城門「夜明けの門」を通り、バスに乗り込み、聖アンナ教会で下車、ゴシック様式
の建物を外から見て、写真を撮り、歩いて市内見学となる。途中民家の壁に絵や写真を
貼りつけた路地があり、面白い。また路地を行くと「琥珀博物館」がある。琥珀はバルト3国
の特産品で、琥珀のお店が多い。自分用に、またはお土産に買われる人もいる。
琥珀は英語でアンバー(AMBER)といい、地質時代の植物樹脂が地層に埋もれて化石化した
もの。赤・黄・褐色など上品な色合いで、装身具に人気である。
 大聖堂は、有名な牧師が90才で他界され、お葬式中にて内部見学ができず。
リフトでゲティミナス城に登ると、緑の多いヴィリニュスの街が眼下に見えた。
聖ペテロ・パウロ教会(漆喰彫刻が美しい)を見学の後、傍のレストラン「SAKWA」で昼食。
コルドナイという餃子に似た料理をいただいた。
 午後は郊外の名所、トラカイ城に行く。湖に浮かぶ美しいお城。ジョランダさんが、城内の
階段を上り下りして、いくつもの室を案内してくれた。
帰路、市内のネリス川のほとりに、早稲田大学が建てた杉原千畝氏の記念碑に立ち寄る。
ここはサクラパークと呼ばれるところで、今春にはリトアニアの女性大統領ダリア・
グリバウスカイテ氏が、花見で訪れたそうだ。同氏はベテラン政治家で「鉄の女」とも呼ばれ、
空手の黒帯を有するそうである。
 夕方自由時間があり、大聖堂の内部見学と隣の鐘楼に登った。鐘楼からの見晴は良く、眼下の
大聖堂とやや遠方のお城の写真を収めることができた。この写真、B4サイズで焼き回しすると
なかなか良い風景であった。
鐘楼の下の近くに「STEBUKULAS(奇跡)」と書かれた1枚の敷石がある。1989年8月23日、
ここから北のエストニアまで、600km以上、(人間の鎖)と呼ばれた人々の手を繋いだデモ活動
が行われた。ソビエト連邦の統治下にあったバルト三国エストニアラトビアリトアニア)で、
独立運動の一環として約200万人が参加して手をつなぎ、世界にアピールした。1990年に
リトアニアが、1991年にエストニアとラトヴィアが独立宣言するに至った次第である。
 ヴィリニュス大学の脇を通り、ヴィリニャ川を渡った所でツアー参加者のH夫妻とばったり会った。
ご夫妻は名所・旧跡等を良く調べてきており、人魚の像を探しにきたとのこと。
指差す方向を見ると、この小さな川岸の側面にちょこっと人魚の像が足(ひれ)を下して座っていた。
ご夫妻のお陰で思いがけなく像を見ることができた。この像を見つけると幸せになれるそうである。
夕食はホテル内の趣のある食堂で、ロースト・ポークを主食にいただいた。
室に戻ると、足が披露困憊しており、夕食後の散策はあきらめることにした。
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●写真説明
14)トラカイ城を見学 15)トラカイ城をバックに集合写真 16)杉原千畝の記念碑 17)鐘楼よりの風景
18)人間の鎖の写真(WEBより転載)※1989年8月23日600kmを200万人の人々が手を繋いでアピール 
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ヴィリニャ川の人魚像 20)ホテルでの夕食 21)ホテルでの朝食風景
3日目は、カウナスから、ラトヴィアのリーガへ
本旅行の目的のひとつ、杉原千畝記念館のあるカウナスへ向かう。丘の上の高級住宅地にあった。
個人で行くと難しいと思われる場所で、スパイ活動の為の日本領事館であったともいわれている。
館長は、リトアニア人の SIMONAS DOVIDAVICIUS氏。にこやかに迎え入れてくれる。
入って右手に領事の執務室があり、ミーハー的に執務の椅子に座り、写真を撮る。緊張感のない、
観光客の一員になっている。奥の室でビデオを拝見することができた。午前中は日本人観光客が多く、
入れ替わりで入ってくる。団体で行くと、ゆっくり当時に思いを馳せることは難しい。
本を1冊買い求めた。杉原千畝さんはロシア語が堪能な、仕事のできる外交官であった。
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害より逃れてきたユダヤ人難民のために、本国外務省の
指示に反して、2,000枚以上ビザ(通過査証)を発給し、家族を含めると6,000人にのぼる
人達を救った。その行いは(日本のシンドラー)とも呼ばれている。当時としては、大変勇気のある
決断、行動であり常人にはできないことであった。戦後外務省を退官して、貿易商を営むが、
イスラエルやポーランドから勲章を受章して、その功績が称えられたのである。
故郷の岐阜県八百津町にも記念館があり、郷土、そして日本の誇れる人物の1人と言えるでしょう。
負の遺産となる、ポーランドのアウシュビッツやルブリンの収容所を見学したことがある。人種差別
や戦争の無い世界にしたいと思うが、簡単にできないのが、この世の中であり、残念である。
 
 ネリス川沿いから、旧市庁舎、亜麻のお店、聖ペテロ・パウロ大聖堂、カウナス城を歩いて見学する。
穏やかな良い街である。昼食は「MUSU DVARAS」にて、ボルシチとツエペリナイ(地元料理)を食し、
次の目的地に2時間のバスの旅。車窓から、菜の花畑(菜種油用)や穏やかな丘陵が見える。
ベテラン添乗員のTさんが、道路脇の高い木にあるコウノトリの巣を見つけて、案内する。
沢山あるもので、中にはコウノトリがいる巣もあった。そうこうしているうちに「十字架の丘」に到着する。
無数の大小の十字架が小さい丘に広がり続けている。リトアニアの聖地で、観光名所になっているが、
古い朽ちた十字架もあり、やや異様な感じも受ける。十字架制作は、無形遺産に登録されている。
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●写真説明
22)杉原千畝記念館 23)杉原千畝記念館内部 24)執務室で記念撮影
25・26)旧市庁舎前 27)大聖堂内部 28)カウナス城
29・30・31)十字架の丘 32)丘の周辺

(ラトヴィア) 世界遺産: リ−ガ歴史地区
十字架の丘から、ラトヴィアの国境まで35分。海に近い首都リ−ガの街、新市街のベルビューパークホテル
に午後6時前に到着する。新しい感じの良いホテルであった。ホテルの前に(マロニエ)の花が咲いており、
バルト3国どこでも、この白い花を見ることができた。花の咲く時期は旅行シーズンと言える。
翌朝、現地ガイド・アニタさんが合流、旧市街へ入る。ユーゲントシュテイール建物群を見学。観光客多し。
アールヌーボーの建物群で、ミハイル・エイゼンシュテイン作を主に見学するが、素敵な建造物で、人気の
ある観光地といえる。市庁舎広場のところにバスを停め、市内を散策見学。ブラックヘッドの会館(元ギルド)、
リーガ大聖堂(ステンドグラスが美しい)、3人兄弟の建物、大統領府、ラトヴィア国会、スエーデン門(門の下
で民族楽器クワクレ(琴のような)を奏でる女性)、猫の家、チョコレート屋さんなどを歩きまわった。
 昼食は、リーガの郊外、リトアニアにも近いバウスカの街にある「ルンダーレ宮殿」とのこと。バルトの
ベルサイユ宮殿といわれるところで期待が膨らむ。午後1時20分に着くと、目の前に立派な宮殿が現れる。
早速1階のレストランへ行き、優雅に庭園を見ながらメインの魚料理をいただいた。大ビールを飲みながら。
食後は、アニタさんの丁寧な説明で宮殿内の部屋を巡る。ヨーロッパの貴族の館は豪華なものである。
宮殿南にはフランス庭園が広がっているが、時間の関係で室内から覗き見するだけであった。
日本のお城は外観は優美だが、内部は質素なもので、戦の為の建物だからしょうがないかと思っている。
 ここでハプニング発生。リトアニアからのドライバーの母がご逝去され、急遽ドライバーさんの交代となった。
リーガ市内に戻り、少し自由行動がある。聖ペテロ教会で合唱団の歌を少し聞き、その脇に出るとチューリップが
花壇に咲き揃っていた。ラッキーと思い写真を撮る。この写真も拡大プリントすると良い街の風景となっていた。
夕食は、中心から徒歩5分くらいの地下に下りたレストランで、ロールキャベツの主菜をいただく。後から何組か
日本人の団体が入ってきて、日本人ご指定のレストランのようであった。
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●写真説明
33)ベルビューパークホテルのフロント 34)ホテルのブュフェの朝食 35・36・37・38)ユーゲントシュテイール建物群(アールヌーボー)
39)フルーツの屋台 40)ブラックヘッドの会館 41)大聖堂のステンドグラス
42)三人兄弟の家と呼ばれる
43)スエーデン門の下でクワクレを演奏中 44・45・46・47・48・49・50・51・52ルンダーレ宮殿にて
53)街とチューリップ 54)人力ビールカー 55)ホテルとマロニエの木
5日目、ラトヴィアのスイスと呼ばれる、スイグルダへ。確かに渓谷や緑の多い地帯である。グートゥマニャ洞窟は
奥から泉が湧き出して、清流となって流れている。またバスを走らせて、トライダ城の見学だ。100段の塔を
登ると、緑の多い景色が見える。城内の部屋を見学すると民俗衣装の女性が立っている。写真はOKであった。
大きな彫刻が点在する庭もあり、きれいな観光地である。昼食は「KROPOTKNS」という洒落たレストランで、
グリルチキンをいただいた。添乗員さんが、その日の観光予定とレストラン名、メニューを記した紙を渡してくれる
ので、その場でメモする必要がなくて助かり、有難いサービスだ。
 午後は、エストニアの北にある首都タリンまでの、ロングドライブとなる。森林地帯が多く、緑の林の中を
バス旅行は爽快である。天気も良くて、青空と様々な形の白雲を眺めていると楽しい気持ちになってくる。
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●写真説明
56・57・58)トライダ城
(エストニア) 世界遺産: タリン歴史地区
夕方、午後6時30分頃に、タリン旧市街にあるホテル2階のレストラン「MARGERITA」に着いて、夕食。今回の
旅行の昼食、夕食は、サラダに始まり、メイン、デザートとなっている。今晩のメインはポークリブローストであった。
旧市街に近い、ラジソン・ブルー・スカイ・ホテルにチェックインしたのは、午後8時過ぎ。8階の室に入ると、近代的な
デザインされた家具が置かれている室であった。
 6日目、ブッフェの朝食をいただく。今回3都市のホテルの朝食ブッフェのメニューは、なかなか良い料理がでていた。
この日の女性ガイドは、かなりベテランのマールさん。自分の思いを出す人で、添乗員さんもやや困惑ぎみ。
それでもサービス精神があり、頼まなくても写真を撮ってくれたりした。
まずは、海岸沿いの丘の中腹にある「歌の広場」。バルト3国は歌と踊りをとても楽しむ民族で、大きな音楽祭がある。
バルト3国の歌と踊りの祭典は、UNESCO無形遺産に登録されている。
この日は何も行われていなかったが、ステージの向こうに、タリンの港が望め、ヘルシンキに行く大きなフェリーや、
客船が見えた。その替り、偶然に旧市街がお祭りの日ということになっていた。旧市街を外側からバスで一周して、歩いて
トームペアの丘、アレクサンドル・ネフスキー聖堂を見学。ロシア正教で、内部を見たあと、トームペアの展望台へ行き、
旧市街や港を眺望する。旧市街に下りて、昼食は、「ST PATRICKS」にて、サリャンカスープ、スルトゥ(肉のにこごり)。
 午後はフリータイム。タリン旧市街はお店やレストランが多く面白い。ギルド会館を見てから、旧市街を守る砲台があった
「ふとっちょマルガレータ」へ。城門から出て、外から見てみると、ニックネームの通り、太った女性に見える。ここが監獄
であった頃に、囚人の食事の世話をする太ったおかみさんがいて、彼女の名前と体型に由来するそうだ。
聖オレフ協会を見て、旧市街広場に戻ると、雨が降り出し風が強くなってきた。広場のステージでは、お祭りということで
歌や演奏が行われていた。ステージの見えるカフェで、パラソルの下に座り、ビールを飲みながら、何曲も良い音楽を
聞いた。クラシック音楽は強くないが、音楽好きの国で、演奏のレベルは高いと感じた。雨が止んできたので、ステージ前
の椅子でも暫く聴いていた。地元の人も前のほうに座って聴いており、楽しみにしているようだ。
ホテルのレストランでツアー最後の晩餐となった。野菜のコンソメスープ、白身魚のフィレ、ケーキ、ごちそう様でした。
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●写真説明
59)ラジソン・ブルースカイホテル 60)ホテルの客室内 61・62)歌の広場 63)路面電車
64)トームペアの丘の展望台より 65)トームペア城 66)旧市街お祭りの幕 67)にこごりの昼食 68)にぎやかな通り
69・70・71)ステージの歌や演奏 72)民族衣装のレストランの女性 73)ふとっちょマルガレータ

74)ヴイル門 75)城壁を歩く 76)飛行機からタリンの街にさようなら
旅行の印象は、とても良いものでした。
(気候)初夏の季節、晴れの日が多く、日照時間も長い。汗をかくことは少なくて、観光には最適な時期といえる。
    緑が多く、また色々な花々が咲いており、目を楽しませてくれる。
(街)ヨーロッパの古い建物は落ち着きがある。人々は愛想が良いとは言えないが、観光客ずれしていなくて良い。
   他のヨーロッパの国々と比較して、治安も良好に思える。世界遺産に認定される趣のある街である。
(ホテル)超豪華なホテルは少ないようだが、泊まった4星クラスは快適であった。朝食ブッフェのメニューが程よい。
      ツアーに入ったので、ホテル代は正確には分からないが、お手頃価格のようである。
(食事)ツアーの食事は、シニア世代には丁度良い量で、不味いものはなく、美味しいものでした。昼食、夕食は毎日違う
     西洋料理(名物料理)で飽きることはない。日本食レストランは、ほとんど無いようである。
     ビールやワインは美味しく、料金はお手頃です。
(航空便)フィンランド航空は、ヨーロッパの都市の中では一番近いヘルシンキに毎日飛んでおり、乗換ても夕刻には
      次の都市に到着できる。日本航空も毎日飛んでいて、同じワンワールド系ということで、乗換便もフィンランド航空
      を利用でき、使い勝手は良い。但し、最初の都市と最後の都市で、EUの入・出国の手続があるので、ご注意を。
小国のバルト3国に絞った6泊8日のツアーにて、ホテルの出発もゆっくりで、到着、帰着も夕方とゆっくりの旅行ができた。
ショッピングが少ないのも、私にとっては幸いであった。春から秋の旅行にお勧めできる国々といえるでしょう。

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