9月24日(水)10日目: Cagliari(カリアリ)とVillasimius(ヴィラシミーウス)

Cagliari(カリアリ)

 カリアリに行くので、その前に、空港の場所を確認のために立ち寄り、翌々日、車返却の場所や、返却の際にジーゼル(ヨーロッパのレンタカーなどは、大体ガソリンでなく、ジーゼルを使用)を満タンにするスタンドを確認する。

 カリアリは、周辺を含めて15万人のコムーネで、サルジニア自治州の州都である。特に目立った観光場所があるわけではないが、タワーがあるので、周辺を一望できる。街がゆるく傾斜しているので、山側にある見晴台から一層よく街が見える。街は古く、建物が整然と建っていないので、駐車場のスペースもあまりなく、この島で一番、車で観光に来にくいところである。

カリアリの町案内のu-tubeもある:https://www.youtube.com/watch?v=LJSoBVKKHCk

1921年1月に小説家D. H. Lawrenceは妻とCagliariからSognoまで汽車で旅行し、それを、Sea and Sardinia(「海とサルジニア」)という旅行記にした。今も観光列車として存在するものが、こんな昔からあり、それを「チャタレー夫人の恋人」(1928年)で有名が作者が旅行記を書いていたことは、旅行の後で知った。これは、無料でネットで見ることができる(下記のURL)。ただし、ローレンスについて、その主作品を調べる限り、この作品は重要な作品ではないらしい:http://www.gutenberg.org/ebooks/37206

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カリアリの町、港と空港

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町の東北にあるSan Pancrazio塔の場所;Ca3’で示す地域は、このすぐ南西の地域である。

Ca3’

「地球の歩き方 イタリア」にあるカリアリの地図、「Duomo」とあるのは、Santa Maria大聖堂のこと。

Ca4’

カリアリの空中写真

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Ca2’ San Pancrazio塔に昇る。入場料は、4 Euro/人である。朝は9時からで、ここも、1時-3:30まで閉鎖で、夜は、730分(冬季は、430分まで)で、夜景は楽しめない。

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塔の下は、駐車のスペースがありそうで無く、仕方がないので、正面にある2つの細い道を降りていったら、少し道が太くなったところに停まっていた車が出たのでそこに停めて、ここに歩いてくる。下にミニトレインが走っているが、客はほとんどいない。(1121分)。古い家が残ったままで、町が発展し、また土地が、傾斜していて、都市計画がないままになっているので、道が狭いし区画整理ができていない。上からの眺めは大変よいが、下の道路では、開放感や活気があまりない。

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塔に昇っている人はほとんどいない。港の見える塔:昔、「港の見える丘」という歌があったが。

Ca8

下に、Tirrenia社のフェリーが見える。塔から約800 mで、Ca2’印の場所:後で調べたら3都市:Palermo(シシリー島:12時間、Napoli:13時間30分、Civitavecchia:11時間)と結んでいる。時間は船によって多少異なり、これはその一例。日本語で予約できるサイトもある。

http://www.aferry.jp/timetable/NapoliCagliariTirreniadiNavigazionejp.htm

Ca9

中央のドームは、Cattedrale di Santa Mariaで、Ca3’では ドゥオーモ(Duomo:大聖堂)となっていて、分かりにくいが、同じものである。

Ca10

Il Castello()Ca1’の丘の上にあり、カリアリ郊外にあるが、このPanerazio塔からも遠望可能で、一番の見どころと ≫Lonely Planet“にも紹介されている。Ca11は、もう少し港に寄った場所からもの。実際には行かなかったので、近傍から見たネットにある写真を次に示す。翌日西海岸から帰る途中、SS130号(Ca1’参照)を通ってカリアリに近づいたときに正面の山の上に見えた建造物らしきものは、この城かもしれない。

Ca11

Ca12’

Il Castello di San Michel のウイキペディアにある写真。スペイン風3階建ての要塞で、10世紀に防衛のために建てられた。しかし、14世紀のCarroz家の豪邸として知られている。現在は、絵画や写真展に使われている。ここに行くのには、麓まで、バスで行き、その先800 m、石畳を登らねばならないと書いてある。車で登れるのかどうかは、Lonly Planetに書いてない。いずれにせよ、よく事前に調べて行くべきであった。

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塔から見た北側(山側)の風景。

Ca14

塔の上では、40分ぐらい辺りの景色を見て降り、近くの当地で有名なPalazzo広場に行く。広場といってもビルの谷間の狭い空間である。正面の赤いリボンで飾ってある建物はParazzo Reggioとあるが、宮殿なのであろうか。イタリア語の辞書を引いてみたが、はっきりは分からない。左側が、当地で有名なCattedrale di Santa Maria( サンタマリア大聖堂)である。左の像は、聖フランチェスコである。右側の建物には洗濯物が干してあり、イタリアらしい。

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Ca17’

Ca16だけでは、後ろにドームがあることが全く分からないので、ネットにある写真を借りる。

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中に入ってみるが、イタリア語は分からないし、キリスト教にも詳しくないので、有難味が分からないが、何枚か写真を撮る。階段の側面にまで、大変手間のかかりそうな装飾をしている。

Ca19

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ここから30までは、Ca4’で示すTerraza Umberto(ウンベルトのテラス)と言われる、昔の城壁を利用して造られたと思われる3階の高台のテラスあるいはそこからの眺望の写真である。ここからは、テラスを歩きまわって撮った時間の順序に並べる。テラスの廊下は、細いところもある。

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テラスの広い部分:閑散としている。後方のドームは、サンタマリア大聖堂。自分の写真を撮る。

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客が少ないので、物売りの人も商品を置いて休憩中。これで、商売になるのであろうか。

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潟があり、製塩をしている。また、櫓が組んであるのは、船からの荷物の運搬のためであろうか。ここでははっきり見えないが、フラミンゴもいるし、遠方には風力発電が行われている。

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港には数隻の船が見える。フェリーと貨物船であろうか。

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緑に囲まれた一帯は墓地と思われる;コルシカ島の“一戸建”方式のも見えるが、大体は、普通の小型サイズのものである。遠方の割れ目で特徴のある山の左側は人工的な防衛上の砦のようにも見えるが、確認できなかった。

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テラスの前の目立つ建物は、調べたが分からなかった。一階はバー・レストランとなっているので、ホテルなのかもしれない。一等地に立っているが、丁度テラスの真正面なので、自然に覗かれてしまうので、窓は全部閉まっているのだろう。

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下からテラスに上がる階段。アーチの向こうには、特徴的な形をした山が見える。Ca30’に示すBastione Saint Remiの上の部分である。Saintとあるから、教会とばかり思って探していたが、後で調べてBastioneは、「城壁」ということを知り、Ca29がその上部であることが分かる。

Ca30’

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テラス上のカフェ。

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観光客は少なくても駐車できる場所は、少なくこのように満員で、事実上ほとんど不可能。

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これは、車を留めた道で、この細い道の先に車が見えるが、このようにわずかに1台分のスペースが残っている所にかろうじて留めた。カリアリは、車で訪問が難しい島、唯一の街と感じる。街は古く、窓には、植物も飾ってあるが、洗濯物もほしてあるのがイタリアらしい。

Ca34’

D.H. Lawrenceが、1921年に旅行した列車路線(黒の実線、Cagliari-Sorgono ; )を2つの連続した地図で示す;2つの地図をつなぐMandasにオレンジの下線を引く;距離は、自動車道で、144 km

Ca35’

Villasimius(ヴィッラシミウス海岸)

 カリアリの町は、1ケ所に車に留めて観光したのち、東南端半島のヴィッラシミウスに向かう。ここの一帯の景色や海岸は評判がよく、カリアリ市民にも利用されているのであろう。あるいは、本土からフェリーや飛行機で比較的容易の来られるカリアリに近いので、ここに別荘を持っている人もいるのであろう。カリアリには、あまりよいビーチが無いので、ここに来る人も多いのであろう。

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雑誌「旅」の地図の当該場所の切り取り。

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Villasimius付近の拡大図:この付近にある4つ星ホテルへのカリアリ空港からの送迎は、約 100 Euro(2009)で、片道、約1時間15分かかると「旅」に書いてある。縦線は、東経:9°30’、横線は、北緯:39°10’で、釜石(中央39°15’)とほぼ等しい。

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別荘と思われる地帯が現れる。遠方中央は、多分、後で述べる軍事施設であろう。

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半島に入ると、陸地が入り組んでいるので、どこが一番先端なのかは、地上からは判別しにくい。後で、写真を整理して、この写真の右端の島が半島の先に連なる小島の最南端のL’isola dei Cavoli(カボリ島)であることを知る。拡大すると灯台も見える。左に延長したところが半島の先端である。

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Vs4とほぼ同じ場所で撮った陸地側;少数の人が海岸にいる。この廃屋となった建物は何だろう。

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上に建物があり、そこからの眺めは良いだろうと登って行ったら、軍事施設なので、立ち入り禁止の看板があった。sostaとあるのは、駐車のことである。やはり、島の先端は、攻め入られる危険性に備えていることを知る。

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その近くの島に灯台がある。Vs3のやや右側に見える灯台であろう。

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半島の東側に20分ぐらい行ったら港があり、多くのボートが停泊している。多分Porto GiuncoVs2’)参照)と推察する。石の形も面白い。遠くにはヨットも数隻いる。秋の彼岸付近の水曜の午後16時ごろであるが、ヴァカンスを楽しんでいる人もかなりいる。この付近を最後に、カリアリに戻る。