中国海南島は建設ラッシュ
当社 野口 正二郎


 中国本土への旅行は25年間も足が遠退いていた。
日本との国交が、領土問題(尖閣諸島)等で思わしくないので、日本から中国への観光客が
大幅に減っているが、逆に中国から日本に来る観光客はどんどん増えている。
日本中を中国人観光客が席巻している状況のようだ。
 ライオンズクラブの東洋東南アジアフォーラムが、11月15日から18日まで開催されることになった。
中国本土での大会は初めてのことで、一抹の不安を感じたが、中国のハワイと言われる海南島に
興味を持ち、旅行の計画を進めて見た。しかし中国の大会本部からの情報が遅い。
開催場所は、海南島の海口市。飛行機の便を調べると、中国南方航空が便利であった。
早い時期に友人達に声を掛けて、私を含めて10人で旅行の手配、大会登録を行った。
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■写真説明:
1〜3)中国南方航空の機体、機内とランチ 4)安澤莊一国際理事(前方右)と朝食で
5)大会登録場にて、中国人スタッフと 6)H氏 マリオットホテルを背景に


 11月中旬、羽田空港から中国南方航空にて、広州乗換で海口に向かう。
両サイド、横に3席の配列で通路が狭い。昼食や飲み物のサービスを受けて、4時間少々で
広州に到着。広い空港をバスでターミナルビルへ。2階へ上がると先客が、機会に向かい手続中。
旅券を登録して、指紋の登録手続をするが、何回行ってもできず、諦める。
旅券の手続でOKの紙が何枚も出てきたので、それを持って、イミグレーションへ行く。
旅券、入国カードを出して、写真も取られる。しかし指紋は不要であった。何であったのか。
預けた荷物は、そのまま海口へ行くが、国内ターミナルへ行く途中で、荷物の移動が完了するまで
待たされた。私は、今回ボストンバッグに衣類を入れて手持ちとした。
その後、国内ターミナルの3階に上がり、早い夕食にする。
日航で先に来られたF夫妻が食事をしていたので、同じ中華レストランに2テーブル取った。
私達のテーブルは、ビールと3品のセットを2セット、隣りのテーブルは、コースを4人分オーダーした。
しかし、同じ品が2皿来なくて催促しても追加注文と思われたり、サービスの手順が悪く、更に請求書
は、隣りと同じものを持ってきた。英語が通じずに、閉口した。
国内線は、9月下旬に時間変更があり、45分遅れとなっており、海口着が午後7時36分であった。
税関手続もなく、荷物を受け取り、出迎えの大型バスに10人乗って、マリオットホテルへ向かう。
 夜なので景色は見えず、海口マリオットホテルに到着。5星クラスの良いホテルだが、フロントの若い
男性は手際が悪く時間がかかる。6室の内、2室がエグゼクティブルーム、4室がデラックスルームの
オーシャンビューになっている。カードキーを入れる小さい紙を出して、名前をこちらで書けという。
高級ホテルだが、雑な対応であった。室は全室オーシャンビューで、広い良い室であった。
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■写真説明:(市内観光)
7〜16)老街の散策 17〜19)東湖にて 20〜21)海南料理の昼食


 ホテルの朝食は品数が豊富であった。大会本部ホテルということもあり、ライオンズクラブのトップ級、
グドラン・イングバドダー国際会長ご夫妻や、元国際会長、日本の安澤莊一国際理事、佐藤義雄国際理事
といった方々が宿泊しており、朝食で顔を合わせるチャンスがあった。
グドラン国際会長ご夫妻とは、2009年11月にLCIF西地中海クルーズ(セレブリティ・センチュリー号)
で1週間同乗し顔見知りになった。安澤国際理事は、私が取扱していたLCIFスタディツアーに、10回
全て参加された熱心なライオン。お2人へのささやかな応援という意味でも、この大会に参加したのである。
 朝食後、相室のH氏、前出のF氏と一緒に、大会登録キットを受け取りに、隣りにある海南省会議展覧中心
(コンベンション・センター)へ向かう。ホテルの会議場の脇を通った時に、F氏が、女性係員に声を掛けた。
運よく、北京の大会登録事務所にいた Ms.Yewen Cai であった。
この人とEメイルで登録手続をしたり、旅券のコピーを添付で送ったり、何回かやり取りを行った。
しっかりした対応で好印象を持っていた。暑い中を親切にコンベンション・センターへ案内してくれた。
大きな施設で、手前でもうひとつコーヒー関係の大会が開けれていた。
Yewen Caiさんが受付まで同行してくれたので、首尾よく10人分の大会キットを受け取ることができた。
 午前は、観光で旧市街にある文昌老街(ぶんしょうろうがい)に行き、散策を楽しむ。古いお店が
軒を連ねており(騎楼商店街)と呼ばれる造作になっている。お菓子やさんは安く、買い物する人もいる。
ペットショップ、熱帯魚のお店もある。店員さんはひつこい販売はしないので、宜しい。
人造湖であろうか、きれいな東湖、西湖と海口公園まで歩いていった。
昼食は、「満福隆酒楼」という大きな中華レストランの3階広い個室で、海南料理をいただいた。
文昌鶏飯(とり肉の名物料理)、レンコンの小さいもの、魚と焼きニンニク、豚肉、野菜煮物、チャーハン等、
10品、さっぱりと美味しかった。
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■写真説明:(大会にて)
23)大会会場入口 24)大会アトラクション 25)安澤莊一国際理事入場 
26)グドラン・イングバドダー国際会長(女性)夫妻入場 27)会議場から見たビル群
28)マリオットホテルへ帰着 29)ホテルから見えるビル群 30〜34)330-ABC地区懇親会

 午後は、大きな国際会議場で開会式に参加。330A地区・国際大会委員会が座席を確保しており、
VIPが入場するのを真近かで応援することができた。千手観音のショーは美しいものであった。
今回は中国政府の干渉があったようで、参加者を早めに締切にしたので、全体で5、882人の登録、
日本から259人であった。日本は、通常の10分の一くらいの少なさであった。
 その晩330ABC地区懇親会も72人と少人数。シャングリラホテルの素敵な宴会場で開催された。
ロブスターやラムチョップなど良い料理と高級な紹興酒、そして女子4人組の中国楽器演奏など楽しむ。
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■写真説明:
35〜42)海口火山群世界地質公園 43)ナレシュ・アガワル前国際会長(中央)と

3日目は1日観光とした。海口火山群世界地質公園は、2万年前の火山爆発の跡地で、やや登る
ことになるが人気の観光地。溶岩流の跡や噴火口も見ることができる。現在は緑の多い公園となっている。
昼食は、海南迎賓館の庭にあるコテージの個室「流泉」にて、海南料理15品を食べる。昨日と違う料理。
午後は、唐宋時代に流刑された政府高官5人を祀った「五公祀」と近くの博物館。それから大きなデパート、
大潤友RT MARTにて、お菓子などのお土産を買い求める。試食をすると、つい買ってしまうことになる。
 この晩は、グドラン・イングバドダー国際会長晩餐会にて、シャングリラホテルの大宴会場へ早めに入った。
中程の22番テーブルを取る。ステージはやや遠い。後から来た人達は、もっと後方に席を取る。
全体で500人くらいの参加者であろうか。中華料理とワインをいただいた。
皆で、グドラン・イングバドダー国際会長と一緒の写真が撮れたことは幸いであった。
翌日午前の閉会式は失礼して、お先に帰国した。
ガイドのリ―氏(李昌光)は海南島の人で、上海の大学を出ている。日本語が達者な良いガイドであった。
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■写真説明:
44〜47)高速道路から、街へ入る 48〜49)昼食にて 50〜52)五公祀にて 53〜54)海口市博物館にて 55)デパートにて買物
56〜58)グッド・イングバドダー国際会長晩餐会 59)安澤国際理事(福島県白河小峰LC)を囲んで
60)今井文彦330−A地区ガバナー、伊賀保夫副地区ガバナーを囲んで 61)330−ABC地区ガバナーを囲んで
62)グドラン国際会長(アイスランド)と一緒に 63)エリス・スリヤティ・オマー元国際理事(マレーシア)と
64)サリム・モーサン第3国際副会長候補夫妻(レバノン)と

 中国は発展著しく、海南島もしかり。高層ビル・マンションも多く、更に建造中のものが散見される。
本土の中国人が避寒に来られる為のものでもあるようだ。
電気バス、電気バイクが多く、環境は良い。いつの間にか、すーとバイクが傍に来るので注意が必要である。
日本の九州程の面積であるが、島内を走る高速鉄道は1周3時間。高速道路もほぼ開通している。
リゾート地として有名な三亜は行けなかったので、一概には言えないが、英語が通じずローカル感がある。
人々は外人観光客ずれしていなくて良いともいえる。
中国政府とは良好な関係と言えないが、一般の人々は親日的な人も多いと思われる。
機会があれば、まだ行ってない都市、風光明媚な山々、瀑布など訪れてみたい。

最後に中国のライオンズクラブについて、大会の資料から抜粋してみる。
2005年6月14日北京にて正式に成立し、13年になる。
2018年6月現在、深セン、広東(省)、大連、青島、北京、浙江(省)、瀋陽、陜西(省)、哈爾濱(ハルピン)、
四川(省)、海南(省)、雲南(省)、江蘇(省)、吉林(省)等に、1,300クラブ以上、会員は、4万人以上と。
目覚ましいことであるが、中国共産党が指導する社会主義国家で、如何に発展するかを見守ってゆきたいと思う。

ちなみに日本のライオンズクラブについて、
最初に東京ライオンズクラブが、1952年3月、フィリピンのマニラ・ホスト・ライオンズクラブのスポンサーで誕生してから、
約66年。日本語版ライオン誌に、2018年11月30日付、3,013クラブ、会員115,937人となっている。
私が入会した当時は、最盛期で約14万人の会員がいた。ライオンズにも変遷があったと感ずる今日この頃である。

世界のライオンズクラブは、200以上の国または地域に存在し、48,660クラブ、会員 1,472,821人。
世界最大の社会奉仕団体と言われている。



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