『エル・グレコの愛した街 トレドとスペイン世界遺産紀行』 
♪岡本真理子♪

  今回、私がスペインに来たかったのは、バルセロナのガウディの為でも
なく、
パエリアやフラメンコの為でもなく、イスラムとカソリックの戦いに翻弄
されたスペインの歴史と、それに付随するイザベラ女王を中心とした多くの
人々の人間模様、そして、つい30年前まで独裁政権だった、
スペインの
人々の今の生活などを、目の辺りにし、感じたいからだった。
 
 スペインに着いてから4日目の朝、アルハンブラに向かう。現地のガイドさん、
自称 川崎さん(本名ロドリゲスさん 奥さんが日本人らしい)が我々を案内して
くれた。話しの内容から、彼のアルハンブラに対する熱い想いが伝わって来て
素晴らし
かった。日本語のダジャレもなかなかでした。
 
 グラナダから約150Km南下すると白い村、ミハスがある。強い陽射し
に、白い建物たちが眩しく輝く、美しく可愛い村。オープンカフェに座って、
スペイン人の可愛い女の子がカラフルなアイスキャンデーを食べていた。
とっても似合ってステキだったので、「よしっ!おばさんだって・・・」と店の中
のボックスを見たら、ありましたありました★ こんなに色とりどりじゃ、きっと
まずいわネ〜と思いきや、何種類ものフレッシュなフルーツの味が、とっても
ナチュラルで美味しかった〜!買った時にくれた「おまけ」が何だろうと思って
たら、ナント!食べ終えて残ったピンクのネジネジ棒を「おまけ」(ヘリコプター
の羽のようなもの)に指しこむと、スペイン版竹トンボの完成!嬉しい〜!
 
 ミハスからさらに33Km南下し、コスタデルソル海岸のフェンヒローラへ。
今回の旅で私は、地中海に足をつけようとあらかじめ、ビーチサンダル
と七分パンツを持参していたので。「用意が良いねぇ〜。」と同行者に
誉められた。地中海に「足をつけた」のは初めての経験でした。因みに、
以前イタリアの青の洞窟で、地中海に「手をつけた」事はある・・・(笑)

サクラダファミリアの前にて
ミハスでカラフルな
アイスキャンデーを持って

 コルドバは他にも増して、カソリックとイスラムに翻弄され、イスラム文化の
洗練を極めたモスク“メスキータ”の美しさと、漆喰と敷石に囲まれ入り組んだ
迷路のような街。ユダヤ人街の白壁と、各家に飾られた、多くの色とりどりの
花々の美しさたるや、言葉を失う程だ。スペインの良い時代、辛い時代の
過去の思い出を沈めて、静かに流れる“グァダルキビル川”も初めて、この
コルドバでゆっくり眺める事が出来た。目の前には、ローマ帝国時代に築かれ、
今なお現役の“ローマ橋”があった。
 
 午後、トレドに向かう。途中、ラマンチャ地方のコンスエグラに立ち寄る。
ドン・キホーテが戦いを挑んだ“怪物 風車”が11基並んでいた。そのうち
1基は、変なおじさんが「もうかりまっか〜?」などと叫びながら、1ユーロで
中を見せていた。ガイドさん曰く、最近彼は、ボロ車から高級車に乗り換え
たそうだ・・・・な〜る!お土産も売っていたしね・・・。
 
 トレドはタホ川に三方を囲まれた自然の城塞都市。ローマ時代から栄え、
1500年以上の歴史・・・が今は、その交通の便の悪さから取り残され、
その為に、中世の面影を残した美しくしっとりとした面持ちの古都だ。そして、
この旅のタイトルにもある、忘れてはならない事・・・放浪の後、ミケランジェロ
力が強かったローマでの活動の夢も破れ、辿り着いたこのトレドに、画家
エル・グレコ
は骨を埋めたと云う事。まさにここはエル・グレコが愛した街。
グレコが残した
トレドの風景画と、現在の街並とが変わらないことに驚かされる。

 マドリッドのプラド美術館では、ゴヤ、グレコはもちろんのこと、多くの名も無い
画家たちが、過去の残虐な事実を報道の使命感から、写真を残すような
感覚で描かれた、多くの作品に触れ、震える程の感動があった。


 
    旅、それはいつも、自分が位置する座標から離れて行くほど、
  心ウキウキ・・・・
そして、また元の座標に向かって近づくほどに、
  暗くなっていく私・・・・それが旅の常。
・・・ため息・・・。
  成田着。私の住まいは、空港から特急電車で27分。
  スペインに最も近い所に
住んでいる私でした。


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マドリッドのスペイン広場
ドン・キホーテとサンチョ・パンサ
を手のひらに