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ケンブリッジ大学のキングスカレッジの塩川博士と奥様

←ロンドンに着いた塩川博士と奥様

■契約ない世界
 この学会の研究者たちが本当に親密な理由は何だろうか。私が思うには、相手に対する尊敬と信頼だと思われる。
例え
ば、他人からある遺伝子をもらっておいて、その遺伝子をくれた相手がやったと思われる同じ実験を行っても、
その結果を
勝手に発表するようなことをしない人間だと互いに信じ合っているということだ。
 これはいってみれば、私の好きな小説「青春の門」の世界。相手をだますような姑息なまねをせず、「これは、あいつでな
ければできない仕事だ」と思われる独自性のある仕事にしか価値を認めない人間が集まっている世界ということ。「契約の
世界」である外国においては、契約で縛らなければ安心できないのが日常であり、契約書なしでも分かり合って安心して
やっていける世界は、その分、貴重なものとして大事にされるのである。
 ところで、国際会議にはお土産をもって相手を訪問する習慣があまり無い。しかし、私と同伴者として出席した妻は、
今回ケンブリッジを訪問するに当たって、ガードン博士と奥様のジーンにお土産を持参した。すると思いがけず、学会の最終
日にガードン博士からプレゼントを頂いた。
 若宮の自宅に戻って箱を開けてみると、それは愛らしいワスレナグサの花をちりばめたように描いた花瓶だった。
この筑豊
の田舎に育った私たち夫婦の人付き合いの感覚が、花のケンブリッジやロンドンにあっても、そのまま
通用すると教えられた
ような気がする、うれしい出来事だった。
■親しみあふれ
 自分が学生だったころ、国際学会での発表はなにか途方も無い
重大なひのき舞台での一大パフォーマンスに違いないと思って
いた。「自分は、日本の代表選手。背広をきちんと着て、ネクタイを
まっすぐにつけなきゃ」
となるわけだ。
 ところが、最近は、ネクタイをきちっとつけて講演する外国人には
めったに出会わない。アフリカツメガエルの
縫い取りのあるTシャツ
や、ジーンズなど、ラフな姿ほ
とんどである。服装ではなく、会議に
出席するうえで何が
大事なのか。2年おきに開かれる「アフリカツメ
ガエルの
国際会議」では、久しぶりに会った各国の研究仲間と、
この2年間の成果を話し合い旧交を温めることが重要な意味を持つ。
 今回、英国・ケンブリッジであった会議の参加者は16カ国から
272人。米国86人、英国66人、ドイツ34人、
日本29人などさまざま。会議場は、地球規模の大家族会議のような親しみにあふれた
雰囲気に包まれた。
■名前呼び合う
 私たちのようなアフリカツメガエルを使って研究を進める
集団は、生物学者の間では「ゼノパス(アフリカツメガエル
の学名)・ピープル」と呼ばれる。アフリカツメガエルを使う
理由は、年中卵を産み、飼育も牛レバーを食べるので、
生きたエサであるハエを飼う必要がないため簡単である
こと。世界中で同じ動物を使っていると、カエルの種類に
よる違いが無いから、研究が早く進むのである。
 この研究者集団の特徴は、日本人と違って、相手を名字
でなく、下の名前で呼び合うこと。今回の国際会議の主催
者は、ケンブリッジ大学の看板教授で、クローンガエルで
名高いイギリス人のジョーン・ガードン博士。彼は英国女王
陛下からサー(卿)の称号を頂いており、国際発生学会の
会長も務め、日本の天皇陛下の国際生物学賞ももらったが
、そんな彼だって、単に「ジョーン」でよいわけだから、裃が
とれて親しく感じられるわけだ。
 しかしファースト・ネームで呼び合えば「本当に親しくなっ
ているか」というと、そうでもないような気がする。
それは錯覚であって、単に社会的な約束事に過ぎない。
 ガードン博士は若宮町の私の家に泊まっていったことが
あるし、私も妻と2人で学長の官舎に泊めてもらったことも
あり、とても親しい仲である。私も一応、口では「ジョーン」
と呼んでいるが、やっぱり気持ちの上では「ドクター・ガード
ン」と思っている。 

国際会議-家族のような信頼

カエル博士の欧州日記

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ケンブリッジ大学の国際会議場となった
ホアートン・カレッジの昼休み時間の塩川先生と友人

東京大学 名誉教授
   塩川 光一郎

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上記の旅行記は西日本新聞(筑豊版)2002年9月28日(土)朝刊に掲載されました。