其の6
●アルビ(Albi)の失敗
アルビに着いたのは、日の入り直前であった。ここは、学会の遠足で、2週間前にも来ていたが、学会の遠足地がアルビであることを知る前にホテルを予約していたし、家内はまだ行ってないので、ここに2度行くことになった。ホテルに着いたら、我々の宿泊予約を受けていないという。持参した予約確認のメールの写しを出して示したら、その日は9月15日なのに、3月15日の宿泊予定となっている。予約したのが、その前であって、ネットの予約表に予め出てくる日付の、“15日”の方に気をとられて、月の方を変更するのを忘れて、そのまま、MarchをSeptemberに変えずに、予約してしまったらしい。カードの口座から、宿泊料がすぐ引き落とされていたので、少しおかしいとは思っていたが、そういうところもあるので特に気にしていなかった。そのホテルは当然もう満員で、近くの空いているホテルを電話で確認して紹介してくれる。車で10分ぐらいというが、その受付嬢も道をよく知らないらしく、大雑把なことを教えてくれただけで、分からなくなったら電話をかけて聞けという頼りなさであった。周りは暗くなるし、あちこちで聞いて、かれこれ1時間弱もかかって、大分郊外にあるホテルにようやくたどり着いた。これが、今回の旅行の最大の失敗であった。
アルビは、タルン(Tarn)川が流れ、美しい町である(写真28)。翌日は、学会の遠足でも既に見たここの最大の見所のロートレック美術館を見る。地元の生まれで、彼(Henri de Toulouse-Lautrec)の、特徴のある約
1000点の絵がここで見られる。パリ・モンマルトル(Montmarte)のキャバレーの絵などのほか、そこのポスターも描いたので、近代ポスターの父とも呼ばれている。ロートレックも浮世絵が好きで、その影響をおおいに受けたことを思い出す。
ぺイルペルチューズのところでも述べた禁欲派のカタリ派を受け入れた当地のアルビジョア派は十字軍の弾圧を受け、一掃され、その後、13世紀に見せしめにセント・セシル(Ste-Cecile)大聖堂が建てられたそうである。ロートレック美術館の隣にある。
●トゥールーズの化学工場爆発現場
アルビの後、トゥールーズで、1泊し、この車旅行を終えて、パリに3泊して、帰国した。日本ではあまり知られていないが、2001年9月11日のニューヨークテロの10日後に、トゥールーズ郊外のAZF社の工場で、硝酸アンモニウムの大爆発があり、30人が亡くなり、2500人が重傷を負い、一時的には、人口の1割に当たる約4万人がホームレスになった。原因は、現在もはっきりしておらず、テロの可能性もあるとのことである。硝酸アンモニウムは、肥料として多量に用いられるが、分解すると水素が発生するので、閉鎖系で、多量に置いておくと大爆発する可能性があり、化学工業における世界最大の事故は、ドイツのオッパウにあるBASF社の工場で1921年にあり、死者500〜600人、負傷者2000人以上の大惨事を引き起こした。直径100mのすりばち状の穴があいた。2004年4月に、北朝鮮の龍川で金正日総書記が列車で通過後10数時間後に起こった大爆発も硝酸アンモニウムによるものと言われている。自分も、実験で、高温にして溶融した硝酸アンモニウムを長らく扱っていたので、爆発現場に特に興味を持って、見に行く。学会の行われたサバチエ(Sabatier)大学キャンパスの割合近くである。爆発した工場は、厳重に囲ってあって入り口にはバラックが建っていて門番がいる。Sabatier大学の友人の紹介状ももらっていなかったので、入ることはあきらめて、外から写真を撮る。廃墟の様子は、ある程度分かるが、地下の穴がどれくらい残っているかどうかは分からない。爆発から丸4年も経っているのに、ほとんど復興の様子はない。残った塀に、事故を記した記念プレートが貼ってあった。敷地は売り地となっているらしい。
 トゥールーズの空港を、9月17日(土)、13時40分発パリ行きの便で発ち、9月2日以来、約2週間のドライヴ旅行を終えた。この後に、パリで3泊し、墓参り、大学(パリ第6大学)訪問などのほかに、フランス人友人夫妻の招待で、オーヴェル・シュル・オワーズ(Auvers sur Oise)のゴッホゆかりの地を1日かけて廻ったりした。
●おわりに
トゥールーズでの学会終了後、同地を基点とし、2週間にわたって、フランス西南部、スペインのバルセロナなどを、家内と、走行距離、約3600 kmのドライヴ旅行をした。その間、海、山、川、洞
窟、砂丘などの自然、ワイナリー、庭園、温泉などの半自然(?)、古城、教会、橋、劇場遺跡、美術館、洞窟絵、町並み、奇跡の泉などの文化遺産など、盛り沢山のところを、短時間の間に駆け足ながら訪問できた。比較的日本人のあまり行かないこのフランスの地域(ラングドック-ルシオン、ミディ-ピレネ、アキテーヌ:Languedoc-Rousillon, Midi-Pyrenees, Aquitaine)も、コート・
ダ・ジュール(Cote d’Azur)やプロバンス(Provence)地方に、決して劣らない大変魅力的な観光スポットの多いところである。スペインも、今回は、3日間の滞在であったが、この国も何度行ってもすばらしい。更に、スペイン語が少しでもできたらと思う。今回、日本の観光書にはあまり紹介されていないところで、すばらしい所がいっぱいあった。ミシュランの案内書を読んでいくべきであったが、代わりに、ネット上の、他の方の訪問感想記が大いに役立った。魚介類が好きで、肉嫌いなので、地域の名物料理のカスレーやフォアグラなどは口にしなかったが、この地域は内陸部でも、美味しい魚介類が食べられた。バルセロナを除いては、大都市には行かなかったので、幸い、危険な目にも遭わなかった。過去、幾多の戦争や紛争の場となった地域を、それを感じさせない平和な時代に観光めぐりできることを有難く思う。

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28)アルビ
 聖堂の庭からの眺め。タルン川にかかる古橋(手前:Pont Vieux)
 と8月22日橋(Pont du 22 Aout)。

 
右手にはロートレック美術館。