ヴェッキオ宮Palazzo Vecchio

 シニョリーア宮ともいう。行政長官を迎える世俗的大建造物として1293年に計画され、1299年に建設が
始められた。
15世紀にシニョリーア宮殿となり、コジモ1世が宮廷をピッティ宮殿に移してから(1565)
ヴェッキオ宮殿と呼ばれるようになった。ヴェッキオ(
vecchio)というのは、「古い、以前の」という
意味である。
1865年から1870年まで、フィレンツェがイタリア王国の首都だった時期には国会として
使われ、
1872年からは市役所になって、今もその機能を有している。

 現在は、撮影が許されるので、多くの写真が撮れたのは有難いし、素晴らしい作品も多い。写真に
撮ったものの、それが、どういう作品なのか、調べきれないものも多い。また、ここでの注目作品の1つ
のヴェロッキ作の「イルカを抱いた少年」の本物とレプリカ(中庭にある)は、写真は撮っていなかった。

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◎写真説明

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シニョリーア宮殿から撮ったヴェッキオ宮殿。塔の高さは、94 m

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1階及び2階から撮った500人広間(長さ53 m、幅22 m)と
その正面(
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これは、500人広間正面に向って右手にあるヴァザーリの作品「ピサ攻略」であるが、大変面白い話があることを荒俣夫妻の本で知る。ただし、実際にこれを見た時には、それをすっかり忘れていた。忘れていても、この写真は、少し手振れしているが、撮っていたから、絵そのものとしても良いと判断したのであろう。上記の本によれば、20075月に、イタリア文化庁の発表があり、ヴァザーリが改修の際に塗りつぶしてしまったとされてきたレオナルド・ダ・ヴィンチの壁画「アンギリアーリの戦い」(1440年、ミラノ公国とフィレンツェ共和国の戦いで、後者が勝った)が、この500人広間の画の裏に発見されたという。そして、この画の上の方に、「CERCA TROVA(探せ、さらば、見つかる)」という文字が、見つかった(Vp5-1)。見つかった場所は、この画の中央やや左に白馬があり、その後ろにタスキのようなものを着けた兵士がいるが、その頭の図上に延長したところの山との境近くに、白い吹流し(旗?)のようなものが見える。そのすぐ左に、(Vp5-1)のようなものが、見えるのだそうである。ここに行った時は、そのことを忘れていたから、残念ながら、それに着目して見なかった。上記の本では、隠されているのは、別のヴァザーリの画ともとれる記述になっていて、しかも2008年末から、ダ・ヴィンチの画を救い出す工事が始ると書いてあるが、それらしき工事が始ったのかどうかも、分らなかった。なお、Vp5-1は、http://jamarte.exblog.jp/3496376/ から取らせていただいた。この記事によると、土壇場で、文化庁の許可が下りずに、工事は宙に浮いているそうだ。

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ジャンボローニャ作「ピサを征服したフィレンツェ」の寓意像。実物はバルジェッロ国立博物館にある。

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Vincenzo Rossi作「ヘラクレスとケンタロウス」。

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Vincenzo Rossi作「ヘラクレスとアンテオ」。

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由来不明。

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ミケランジェロ作、「勝利」。シエナ征服の壁画の下に設置され、シエナに対する「勝利」を暗示させる。また、若者が、年寄りをいじめているのではなく、身体の老い(時間の拘束)に勝利するヒトの永遠の魂と解する説もある。この老人の顔はミケランジェロの顔だという説もある。

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由来不明。

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由来不明。

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広間の横にあるフランチェスコ1世の書斎(Studiolo)。テレビで放映したもののコピー。

フランチェスコ1世は、引きこもりの性格で、ここに居るのを好んでいたそうである。

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ヴァザーリの「サン・レオの包囲」。白幡俊輔氏が、ルネサンス期イタリアの築城術と理想都市計画―15-16世紀シエナの建築家を中心にという題で、この画を例にして、サン・レオ砦のような高所にある都市(砦)に対するに対するマキァヴェリとカターネオの、相反する評価(前者は、不利とする見解)が述べられている。こういうことまで研究されている方がおられる日本の研究者の層の厚さにも驚き感心する。

http://www.tscc.tohoku-gakuin.ac.jp/~euroorc/data/seminar_100826/shirahata100826_summary.pdf

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世の始まりに大地の女神ガイアは、天空神ウラヌスとの間に子供をもうけるが、ウラヌスは息子達を地下界に投げ込んでしまう。ガイアは復讐のため、最年少のクロノスに鎌を与え、父親を去勢させる。背後に渾天儀を描き、宇宙の象徴としている。「四元素の部屋」にある。

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四大元素の部屋。四大元素は、火、水、空気、土である。この画がどれに対応するのか、よく分らない。ヴァザーリの作。

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コジモ1世の妻、エレオノーラの礼拝堂。ブロンズィーノ作「十字架降下」。

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Vp19の天井画。

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ミケランジェロ作「ファウヌス(牧神)」。

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螺鈿や石を使ったモザイク装飾の戸棚。

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ダンテDante Alighieri; 1265-1321)の仮面。

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謁見の間の天井の百合模様。百合はフィレンツェのシンボル。

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百合の間のドナテッロ作の「ユディットとホロフェルネス(Giuditta e Oloferne)(1460)。聖書に題材をとるアッシリアの将軍ホロフェルネスを殺そうとするユダヤのヒロインのユディット。

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地図の間。16世紀(1585.3.7に到着)に、天正遣欧少年使節4人も、フェルディナンド1世に招かれてこの宮殿で泊まった。

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市役所に使われている部屋。

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北側にバディア・フィオレンティナ教会が見える。遠方、左手の丘の建物は、フィエーゾレのサン・フランチェスコ教会。

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東側にサンタ・クローチェ教会とその鐘楼が見える。

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南東にアルノ川を挟んで、直線距離で約1 kmにあるミケランジェロ広場が見える。